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伝道者の書(コヘレト)3章|神の美しい「時」の中で生きる

みなさん、こんにちは。

お元気にされているでしょうか?

今回は聖書を読むシリーズです。

突然ですが、私たちは産まれる時、死ぬ時をコントロールすることはできません。

人生は神が定めた「時」で満ちています。

そこに何かを加えたり、差し引いたりすることはできないのです。

では、私たちはどのように生きればよいのでしょうか?

早速、伝道者の書を読んでいきましょう。

(聖書によってはコヘレトと書かれています。)

すべてのことには時がある

1. すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。

伝道者の書3章1節

11. 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることはできない。

伝道者の書3章11節

1節に、「時期」「時」がありますが、これはそれぞれ意味が違います。

「時期」とは客観的な時です。

1分、3か月など私たちが数えることができ、「2時間読書しよう」などと、私たちがコントロールできる時のことです。

反対に「時」とは、神が定められる特別な時です。

産まれる時、死ぬ時、結婚する時など、これらは私たちがコントロールすることができず、神に定められています

この箇所から学べること

この箇所から学べることは、人生は神が定めた「時」で満ちているということです。

また、私たちは神がなされることのすべてを理解することができないということも分かります。

このことは、私たちを謙虚にさせます

なぜなら、私たちは自分で人生を始めることもできず、自分で人生を閉じることもできない、神に生かされている存在だと知ることができるからです。

すべて神の「時」に定められており、私たちにはどうすることもできません。

よって、私たちにできることは美しい神の「時」に身を任せるということなのです。

人生は点描画

私たちは時々「なぜあの時あんなことが起こったのだろう」と思うことがあります。

今起こっていること、過去に起こったことはどのような意味があるのか、どこへ向かっているのか分かりません。

しかし、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」と聖書は教えます。

そうであるならば、人生は点描画のようなものではないでしょうか。

今、どこの点なのか分からなかったとしても、神に信頼して歩むなら人生を終えた時、それは素晴らしい作品に仕上がっているということです

すべて益

また、神はベストなタイミングで御業をなされるだけでなく、私たちを最善の方向へ導かれます

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

ローマ人への手紙8章28節

「益」とは、最善ということです。私たちにとって1番よいこと、です。

また、「ともに」とあるため、1つではなく複数のものが組み合わさって益となることが分かります。

ですから、1つ1つのできごとが「ともに」働いて益となるために必要であり、無駄なことは1つもないということです。

私たちが人生の汚点だと思っていることや苦難、喜び、すべてを神は益としてくださいます

自分で頑張って、それをプラスに変えることは難しいでしょう。

しかし、神によって益に変えていただくのです。

神に信頼して歩む

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。 』とありますが、

ここでのポイントは「神を愛する人たち」「神のご計画にしたがって召された人たち」というところです。

これはどのような人たちのことを指すのかというと、神を愛し、自分の計画ではなく神が用意してくださった計画に従って歩もうとする人たちのことです。言わば、クリスチャンです。

「クリスチャン以外は益としてくださらないのか」と思われたかもしれません。

もちろん、神はすべての人の人生を気にかけておられます。

良いものにしたいと常に思われていますが、それに応答するかは私たち次第なのです

いくら神様が、「こっちだよ」と手を差し伸べても、それに応答しないのであれば神の美しい計画の中を歩むことはできません。

ですから、クリスチャンではない方で、人生のすべてを益としていただきたいと思うのであれば、聖書を読んで神の愛を受け取り、信頼することを始めてみてください。信じるとは、信頼することでもあります。

まとめ

人生は神が定めた「時」で満ちています。

神の計画に従って歩もうとする時、神の美しい「時」のなかですべてのことが益とされます。

私たちは神のなさることをすべて理解することはできません。

しかし神は、私たちの思いをはるかに超えた神のタイミングで、また、想像もしなかった方法で私たちを最善へ導かれます。

よって、私たちにできることは、神の「時」にゆだねて、最善へ導かれることを信じるということです。

今、この瞬間も美しい神の「時」の中で生かされていることを覚え、信頼して歩みたいと思います。

神様の祝福がありますように。

2 COMMENTS

プードル

sheepさん

神様のなさることは すべて
時にかなって 美しい

心を落ち着けて静かに人生を振り返る時
一つひとつの出来事が神の計画の中で
最善に導かれているのだとわかります

感謝です

返信する
sheep

プードル様

コメントありがとうございます。

そうですね。
すべてが最善に導かれるという約束は本当に希望だと思います。

sheep

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