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創世記3章15節|神はすぐに私たちを救おうとされた

みなさんこんにちは。

元気にされていますか。

今⽇から待降節(アドベント)です。

待降節とは、イエス様の降誕を待ち望む期間のことを指し、11 ⽉ 30 ⽇に最も近い⽇曜⽇からクリスマスイブまでの約四週間のことを指します。

よって、始まる⽇は毎年違うのですが今年は 28 ⽇の今⽇からです。

待降節とは?

神のおこころを想像し感謝する期間、それが待降節です。

神のひとり子であるイエス様を十字架にかけることがどれほどの苦しみであったか、神はその苦しみをお見せになりません。

「救い主をおくるためにこれほどの準備と犠牲がありましたよ」とは言われないのです。ただ、「救い主をおくりましたよ」と言われます。

ですから、私たちはそこにどれほどの犠牲、愛、努力、苦しみ、配慮があったかのかを察することが大切なのです。

神の想いに心を重ねる手助けとなる記事を待降節では投稿していきます。

今回は「神はすぐに私たちを救おうとされた」ということです。

イエス様についてよく分からない方は、まずこちらの記事をご覧ください。

イエス・キリストとは?十字架の意味を分かりやすく解説

原罪について(クリスチャンではない人向け)

今回の聖書箇所を理解するためには原罪についての知識が必要なので、よく分からない⽅はお読みください。

最初の⼈間であるアダムはエデンの園という、神様が⼈間のために⽤意してくださった場所に住んでいました。

そこには多くの⽊が⽣えていましたが、善悪の知識の⽊からは実を取って⾷べてはいけないと神はアダムに命じました。

しかし、アダムの妻であるエバが蛇(サタン)に誘惑され知識の⽊の実を⾷べてしまい、アダムも同じように⾷べてしまいます。

これが、⼈間が初めて犯した罪です。罪とは、「神が喜ばれない思いや⾏い」のことです。

アダムが罪を犯した結果、アダムの⼦孫、つまり私たちにも罪が引き継がれ、罪を宿して⽣まれてくることになりました。これを「原罪」と⾔います。

聖書には「罪の報酬は死です。」(ローマ⼈への⼿紙 6 章 23 節)と書かれており、「原罪を宿したままでは、⼈は永遠の滅びに⾏く」と教えています。

アダムとエバが罪を犯したあと

創世記 3 章 13 節ではエバが、「蛇が私を惑わしたのです。それで私は⾷べました。」と罪を告⽩します。

14 節で神は誘惑した蛇を叱ります。そのあとの 15 節を読んでみましょう。

わたしは敵意を、おまえと⼥の間に、おまえの⼦孫と⼥の⼦孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。
創世記3:15

ここで注⽬したいことは、神はアダムとエバが罪を犯したとき、救い主(イエス様)をこの世におくることをすぐに決められたということです。 この後詳しく説明します。

「彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」とは?

まず、⾔葉の意味を確認しましょう。

おまえ・・・サタン(神に敵対して堕落した元⼤天使。別名:悪魔)サタンが罪を犯すようにエバを誘惑した。
彼・・・イエス様
かかとを打つ・・・⼤きなけがを負わせる(⼗字架を意味する)
頭を打つ・・・致命的なけがを負わせる

「彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」とは、サタンはイエス様を十字架につけ大きな犠牲を負わせるが、イエス様はサタンにもっと致命的なけがを負わせるだろうということだと解釈できます。

サタンは神に反抗する元大天使で、人間を神から離れさせようとします。サタンはエバを誘惑し、アダムとエバは罪を犯しました。その結果、のちの子孫も原罪をもって生まれてくるようになり地獄へ行くしかない状態になりました。

しかし、イエス様はサタンが作った地獄への道を砕き人を救う道、つまり天国への道を作られるだろうということです。人と神を離れさせることに成功したサタンにとって救いの道を作られることは致命的です。

これが、「彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」の意味だと解釈できます。

まとめ

アダムとエバが罪を犯したために、人間は原罪を宿して生まれてくることになり地獄に行くしかありませんでした

しかし神は、13節でエバが罪を告白したのち、すぐに「彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」と言われました。

子供が溺れていたら迷わず助けるように、神様も私たちをすぐに助けようと決断してくださったということがこの箇所から分かります。

最期まで読んでくださりありがとうございました。

神の愛の広さ高さ深さに思いを巡らすことができる待降節となるように祈ります。

神様の祝福がありますように

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